狛江で分かりやすい政治を伝える会

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三宅 まこと(眞)
1964年7月30日 東京都生まれ
狛江市には1996年に転入。岩戸北3丁目に居住。
家族は妻としばいぬ(たく)
趣味は、映画、サッカー、音楽鑑賞
政治評論家、故三宅久之の三男:

 

学歴
1977年3月 目黒区立上目黒小学校卒業
1980年3月 千代田区立一橋中学校卒業
1983年3月 私立立教高等学校卒業
1987年3月、立教大学経済学部卒業

 

職歴
1987年4月 広告会社の株式会社東急エージェンシーに入社、以来営業職として、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット広告、イベント企画運営、CM制作等に携わり、人と人のコミュニケーションの大切さ、難しさを学ぶ。

2012年5月 同社にて120名の社員を率いるプロジェクト運営中に、妻が病気を発症し、要介護、障がい者認定を受けたことに伴い、介護のために休職。2014年3月に27年間勤務した同社を退社。同時期に自身も長期入院を経験したことから、社会保障制度の重要性を体感する。その後、介護初任者研修、介護事務、実務者(介護上級職)研修修了、同行援護従業者の資格取得。現在、介護ヘルパーとしても就業中。


議員活動
2015年4月 狛江市議会議員選挙で、政党や団体等の支援を一切受けつけない完全無所属の新人候補として立候補。得票数で全体2位の1871票で初当選。建設環境常任委員会を経て、社会常任委員会に所属。

2019年4月 二期目を目指して立候補、得票数2787票(有効総得票数の8.4%)をお預かりしてトップ当選。過去の狛江市議会議員選挙得票記録2207票を12年ぶりに更新。現在は総務文教常任委員会に所属。


著書
「愛妻納税墓参り 家族から見た三宅久之回想録」(平成26年イースト・プレス社)

Profile

プロフィール

幼少期から現在まで
三宅まことの軌跡を振り返ります。

父、三宅久之、母、秀子の三男として渋谷区駒場で生まれましたが、当時の記憶は全くありません。その後は大田区、世田谷区、目黒区、静岡市、豊島区と引っ越しを繰り返し、11歳の時にようやく目黒区に戻ってきました。

引っ越しの多かった幼少期

写真は左から順番に、幼児のころ、幼稚園、小学3年生の頃です。

My History

三宅まことの軌跡

学生時代

中学は越境入学で千代田区立一橋中学まで通いました。その後、立教高校に進学、大学までセントポールの学生生活を送りました。

写真左は立教大学時代。基礎スキーの同好会、ダウンヒルスキークラブに所属しました。写真中央は同期の仲間で、今でも交流は続いています。写真右は、大学3年生の時に、カリフォルニア州オークレーという街のワイナリーで一か月間ホームステイしたときのものです。初めての海外生活は新鮮な驚きに満ちていました。

社会人時代

1987年、バブル前夜の広告代理店、東急エージェンシーに入社しました。今では考えられないほど、仕事が次から次へ舞い込み、新入社員当時でも大手食品会社のテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、イベント、CM制作といった仕事を満遍なく担当することができました。

写真左は、某ファーストフードのCM、内田有紀さんが20歳の時のもの、撮影のスタジオにこもりっきりといった時代を過ごしていました。写真中央は、会社のサッカー部のヘッディングで競り負けているシーン。土日は思いっきり身体を動かしてリフレッシュしていましたが、この頃から頭髪が少し心もとなくなってきました。
 

写真右下は、会社の夏休みを利用して、ソ連時代のサハリン(樺太)へ父と旅行した時のもの。ジャーナリストをしていた父の知人の方々のカバン持ちをさせていただきました。

東急エージェンシー入社7年目の30歳にして、妻みゆきと結婚しました。
営業職の私にとってはクリエイティブ職の先輩としての存在でしたが、仕事のチームで一緒に過ごす時間が長く、自然な流れ?でくっつきました(汗)

写真左は、バンクーバーでの結婚式、親族と一緒に。写真右は、1997年サッカーW杯フランス大会アジア最終予選の韓国戦。アウェイの競技場、試合開始前に気合の一枚。日本はその試合に勝利し、W杯初出場へ希望をつなぐこととなります。

結婚

写真は、選挙期間中の演説会の様子。体調が順調に回復した妻から献身的なサポートを受けました。

市議会議員になるまで

会社員時代の2012年に妻が病気をした際は、必死になって介護しました。
専門知識を身につけるために介護職の資格(介護初任者研修、実務者研修、同行援護従業者、介護事務)を立て続けに取得しました。妻は障がいの後遺症が残りましたが、要介護度も改善されるまでに回復しました。
当時の私は介護との両立が難しくなり、27年間勤めた東急エージェンシーを退職し、狛江市内で介護事業所を立ち上げるための準備に入りました。厚生労働省・老健局(介護保険制度担当)に介護教育の必要性を提案したところ、逆に介護保険者である地方自治体行政での可能性を示唆され、市議会議員選挙に立候補することを決意しました。
お陰様で、政党の支援を全く受けない無所属議員ながら1871票という全体で2番目の得票数をいただき、市議会議員として活動させていただくことになりました。

月刊文藝春秋の名物企画「同級生交歓」に寄稿しました。(2019年1月号).jpg

月刊文藝春秋の名物企画「同級生交歓」に寄稿しました。(2019年1月号)

無所属の狛江市議会議員|三宅まこと